洞名由来


逸院洞

逸院洞は、かつて村に逸院(イルウォン)という書院があったことから逸院やイルオンと呼ばれ、この周辺では最も古くからある村であるとして本洞とも呼ばれていた。しかし、一説にはこの村が四方を大母山に囲まれていたことから「隠された村」、「平和な村」の意味で逸院洞とされたともいう。

逸院洞は朝鮮時代末まで京畿道広州郡大旺面に属しており、1914年3月1日の京畿道区域の確定に伴い、この地域のデチョンマルを統合して京畿道広州郡大旺面逸院面となったのち、1992年10月1日には逸院洞が逸院本洞、逸院1洞、逸院2洞、水西洞に分洞された。逸院洞の大母山ふもとには高麗時代の恭愍王2年(1353)に真静国師が創建した寺がある。薬師殿があることから薬師寺と名付けられたこの寺は仏国寺とも呼ばれ、高宗17年(1880)に4度目の移築でこの地に移された。

逸院洞410番地には樹齢250年、高さ25m、胸高直径420cm、樹冠直径1.5mのケヤキがあり、住民はこのケヤキを守護木として毎年洞祭を行っていたが、周辺の宅地開発に伴いアパートが建設され、この木の手入れをする人もなくなってしまった。
/WEB-INF/jsp/egovframework/global/cts/CONTP001/view.jsp